それは、まあ、細かい数値にこだわる仕事をしているのは確かだけれど、それだって、ナマモノ相手だから、多少の誤差は普通のこと。と、言うか、理想値と、現実が異なることは、実験の前から、ある程度織り込み済みなのだ。

 今日も、男所帯の研究室で、紅一点。
たいして気を使うこともなく、のうのうと生活しているが、私のきままな性分は、マイペースに仕事をこなせる研究職にあっているのだろう。
確かに、周囲がうわさする「変人の多い職場」なのかもしれないけれど、研究費は潤沢だし、結果をだす人間には、やさしい上司も、別段、物分りがわるい人間ではない。
なんだかんだと好待遇。

ソレが、開発局の特権だと、言われるのは、そんなところだと思う。

「このグラフ、ひいちゃってくれる?」

「ああ、わかった」

 今日の仕事は、阿近さんとの共同研究。
なんだかんだと几帳面な彼に、レポートを任せることにする。いまも、眉根をよせるようにして、数値の微細なズレまで、写そうとしている彼は、まあ、職場の取りまとめ役、といったところだろう。

この間も、みなが、乱雑に積み上げたごみの山を、いいかげんみかねて、分別作業をしつつ、文句を言っていた。

女より、男のほうが、おおざっぱだと、誰かの言った言葉は、男ばかりの職場にいると納得できるが、彼のような例外は、むしろ、その中では、割をくいやすい。

みなには、燃えるゴミと、燃えないゴミの区別は、いちいち聞かれなければ気付けないものらしく、口をすっぱくして注意しても、表を作成していちいち貼り付けても、一向に、改善される様子はないのが現状だ。

雑然とつまれたゴミの山を前に、ため息をつく阿近さんの姿は、すでに、週一回の恒例行事となっている。

それでも、放置しておけば、なだれがおきるから、と言いつつ、一人、黙々と片付けている。まあ、自分も、その姿を、ただ、横目に眺めているだけなのだけれど。

この研究室で、なだれに、いやおうなく巻き込まれる回数が、あまりに多すぎて、感覚がマヒしてきたのかも知れない。

「不用意にドアを開けるべからず」

それが、ウチの局の家訓。

冷蔵庫のドアを開ければ、みちみちに詰まったアイスがなだれ出る。
戸棚を開ければ、書類なだれ。
局長の部屋を、ノックせずに開けて帰ってこなかった局員数名。

最後は、まあ、蛇足だけれど、「マムシ注意」と書かれたプレートの下がる局長の部屋で、一体、彼らは何を見たのだろう?

知ってみたいけれど、知りたくないことのひとつ。

うわさによると、阿近さんは、それでも、生還したらしいけど。
先日、局員の忘年会で、手伝わせるとロクなことがない、と言いつつ、一人で鍋のしたくをしていた彼に、尋ねてみたら、未洗浄の白菜を丸ごと、鍋にぶち込もうとした私の手から、それを取り上げつつ、

「言いたくねえ」

と、一言のたまってくれた。

まあ、大人には、いろいろと、言いたくないことも多いのだろう。
包丁片手に、ため息をつく姿が、なんだか印象的だった。

実際、阿近さんは、毎回、言うことが違う、勝手気ままな局長とは、いいコンビ。

自分もそうだけれど、発想力にマメさがついてこない人間にとって、彼みたいな人材は、貴重だと思う。

今日も、彼は、丁寧にグラフをかく。
私は、その背中を尻目に、次のビジョンを組み立てる。
限りある時と、すこしのタブー。

ここにある自由で、何をしようか。

そんなことを思って、空を見上げたとき、
猫背になって曲線とにらめっこをしていた阿近さんが、小さく、ひとつ、のびをした。


きのう、花火大会で、友人から聞いた理系研究室話をもとに作成。
つれづれなるままに=まとまってなくて、ごめんなさい(汗)




私は、おおまかな性格である。